強くて脆いウチの母。Mothers Day~母の日に寄せて~
2021年1月13日FAMILY STORIES
母が大阪の実家に帰省する時は、必ずボクを連れて行った。母の実家は、近鉄の八尾駅周辺にあった。新幹線は乗り換えが不便だと、いつも近鉄を利用していた。当時の近鉄特急は新ビスタカー、名古屋を出発すると鶴橋までノンストップだった。近鉄ならではの、デラックスな赤いモケット生地のシート。鉄道ファンのボクは、100キロで豪快に飛ばす新ビスタカーに乗れると喜んでいた少年だった。これがきっかけで、ボクが近鉄電車通になったのは間違いない。母は決まってアイスクリームを食べようと買ってくれた。若い頃の活動的な母の姿は今も脳裏に焼き付いている。母の実家に泊まると、今は亡き祖母が、母の事をみっちゃんと呼んでいたのが印象的だった。自分の娘を友達の様に呼ぶ祖母を見て、子供心ながら、親子の豊かな愛情を感じていた。年老いた祖父は嗄れた声で、章、章は元気にしているのか?勉強はしているか?と気遣ってくれた事も遠い日の懐かしい思い出だ。
上京以前から我が家で飼っていた愛犬は当時大人気の犬種、ポメラニアンのノンちゃん。上京一年目の秋、愛犬が亡くなったことをボクに伝えてくれた手紙にはこう書かれていた。「章、ノンちゃんが死にました。男なら泣くなよ」唖然として声も出なかった。母らしい文面だと思ったが、男であっても悲しい事は悲しい。もしかしたら東京で生活する間に愛犬との別れが来るかも知れないとは思っていたが、あまりに突然の事で動揺した。夏に帰省した時は元気だったノンちゃん。ボクが名前を呼ぶと、走って来てボクの体に駆け上がってきた。忘れずに覚えていてくれたのだ。デザイン学校を卒業する事だけを考えて課題制作に追われた日々。休日も無くギリギリの生活。心はいつも孤独だった。帰省してノンちゃんに会えることが一番の楽しみだっただけに突然の別れは心底堪えた。その時は何も考えられず新幹線に飛び乗って名古屋に帰った。家に着くなり、何故死んだんだ!と言った事を今も覚えている。その日は部屋から出ず、一晩中泣いていた。凹んでいたボクに愛犬の最期を話してくれた母、ノンちゃんはボクが東京に行ってから、人が来るのをいつも寂しそうに待っていたそうだ。今夜はおいしいものを食べてぐっすり眠りなさい。ノンちゃんは私達と章の心の中で今も生きているよ。心が落ち着いたら、東京へ戻ってまた頑張りなさいと言ってくれた。今も心に残る切ない思い出だ。
母が入院していた頃、部屋から夜空を眺めて聴いていた曲。
母が生還することだけを考えていた日々だったが、
この曲を聴くと、母の退院の翌年に亡くなった父の事も思い出す。
ビデオクリップはアビイロードスタジオでのレコーディング風景。
ドラムスは元ビートルズのリンゴ・スター、
ポールと一緒に歌っている女性は、前妻のリンダ・マッカートニー、
ポールの最愛の人だったが、闘病の末、1998年に亡くなっている。
https://www.youtube.com/watch?v=MbwLqFXivWw
☆Martha My Dear/THE BEATLES (2018 Mix)
ポールが飼っていた牧羊犬のマーサについて歌った曲。
マーサは、1995年に発表されたビートルズの新曲
「Free As A Bird 」のビデオクリップにもCG合成で登場した。
この曲を聞く度に、ボクは愛犬のノンちゃんを思い出す(涙)。
https://www.youtube.com/watch?v=SQaqoNZ_35o
2021年1月13日FAMILY STORIES