AKiRA’S BLOG SPECIAL
Cafe de Akira
With A Little Luck

2020年10月6日FRIENDS CATALOGUE

ブログを始めて良い事は二つある。一つは自分の心と向き合える事だ。迷った時や、悩んだ時に気持ちを整理できる。日記の様に位置付ける事もできる。日々の生活や自分の考えを綴るのは、生きていられる事を実感し、明日を生きる希望にも繋がっていく。私がブログを始めたのは、一昨年に倒れて入院した事がきっかけである。19歳で上京して以来、一度も医者にかからず生活してこられたので体力に過信があったのだろう。自分の体を気遣わず、連日無理を重ねた結果の入院だった。ベッドに横たわる自分の姿を見た時は、このオレが倒れた?というショックで思い切り凹んだ。幸いにも大事にならず、早期に退院する事ができたのだが、自信喪失で身も心もボロボロの状態だった。このまま何もしないと、元の荒れた生活に戻ってしまうのではないかと思い、心のリハビリを兼ねて始めたのが本ブログである。
ブログを始めてもう一つの良い事は、新しい思い出と友人が増えていく事だ。今回は新しい友人をご紹介させていただきたい。以前、本ブログでご紹介した元同僚の大島奈菜子さん(以下大島と記す)のお友達、菅尾陽子(すがお ようこ)さん。菅尾さんの職業は作家である。大島と菅尾さんが知り合うきっかけは、大島の父が病気になった際、菅尾さんのブログを知り、そこに情報を書き込んだことから始まった。二人はそれぞれ愛知県と埼玉県に暮らし、今まで一度も会った事が無いにも関わらず親交が続いている。はじめに菅尾さんの経歴をご紹介させていただく。

1971年 埼玉県に生まれる
1989年 ご主人と出会う
1995年 調理師免許取得
     着物一級免許、着物国際免許取得
1996年 ご結婚
     フードコーディネータースクールに入学
1998年 英国、ロンドンに留学。フランス料理と語学を学ぶ
1999年 飲食業多店舗展開の会社に勤務。飲食店の店長として
               メニュー開発、マーケティング、マネジメントを学ぶ
               ソムリエの免許取得
2005年 コンサルタント会社に勤務。利酒師取得
2007年 起業を決意。設立準備の中、病気が判明
2008年 手術を受ける
2012年 トップセールスレディ育成塾に入塾
2013年 自宅で料理教室を開校、家庭料理を教える
2015年 フリーランスを決意するも病気が再発して入院。病床で本を執筆
2017年 「食ものがたり」を個人出版
2019年 出版社SUGAOを創立
2020年 SUGAOが2年目を迎える

13年前の病気で大きな転機を迎えた彼女の人生。

私の人生は資格とは無縁のもので、着物国際免許が存在する事すら知らなかった。世の中には、実に色々な資格があるものだ。様々な資格や技術を習得してきた菅尾さん。それまで人生を順調に歩んできた菅尾さんは13年前の病気で大きな転機を迎えた。ほどなく手術を受けて回復するも5年前に病気が再発。普通なら心が折れてしまうだろう。ところが彼女は違った。病床で痛みと闘いながら本の執筆を始めたのだ。そして2年後には著書を個人出版。昨年には著書を流通させる為の出版社SUGAOもl創立している。社名のSUGAOは、ご自身の名字と素顔のダブルミーニングであろうか。現代の軟弱な男どもには彼女の生き様を見習えと言いたい。努力という陳腐な言葉で表現したくないほど凛とした生き様の女性である。奇しくも私の周りには書く仕事に従事する女性が多い事に驚く。以前本ブログで紹介した同級生の磯貝ありさは、出版社に勤務。ライターとして認められた後に本を執筆、現在も文章作成のプロとして現役で活躍している。また、私が通った県立高校の先輩は情報誌のライターとして活躍、現在は芸術大学の講師としてコピーライティングを教えている。周囲に文才がある人が多い事は自分自身への刺激にもなる、私もグラフィックデザイナーで世に出たが、東京を離れる際、お前には文才があると恩師に助言された事を受けて、会社設立後は事業企画の立案を積極的に請け負い、オンリーワンの存在になるの一心で企画力と文章力を磨いてきた。

著書を流通させる為に出版社まで創立した彼女の心意気には頭が下がる。

本を執筆する事は誰でもできる。但し本を流通させ、書店に並べる為には、トーハンや日販と言った出版物専門の取次業者と契約を交わないとできない。私自身も過去にCD-ROMを制作して書店に流通させようと考えた事があったが、複雑極まる利権の構造に嫌気がさして諦めた。著書を流通させる為に出版社まで創立した彼女の心意気には頭が下がる。彼女の著書について話を戻そう。先にお断りしておくが、私はそう易々とは人を褒めたり持ち上げる事はしない。ましてや媚び諂い、本の宣伝をするなどあり得ない。ではなぜブログで取り上げたのかと言えば、自然体な彼女の生き方に共感したからである。過去の記事(デザイナーなんて要らない!?)で記述した様に、私は男性よりも女性の方が潜在能力が高いのではないかと感じる時がある。元同僚の大島奈菜子、同級生の磯貝ありさ、そしてかつて共に働いた西川コミュニケーションズに勤務するパートの女性達。皆、素晴らしい能力を持った友人である。今回ご紹介させて頂く菅尾さんは私より一回り若い40代。彼女は様々な仕事を経験した上に、新たに作家としての人生を切り開いた。そんな彼女の人生を紐解く事は、来年還暦を迎える私にとっても刺激的で意義深いと考えたからだ。彼女は大きな病気を経験したにも関わらず、それを苦しみと考えず、しっかりと前を向いて生きている。苦難を乗り越えて生きる為には、現状を素直に受け入れる広い心が無いとできないのだ。

本を書き初めて自分の人生を客観的に考える様になった。

記事の作成にあたり、最初に数点の質問を用意して彼女にぶつけてみた。自身の性格について尋ねると、おっちょこちょいで頑固と返ってきた。おおまかに物事をとらえることが多く、こだわりを持たないほうですが、一度、こうしたい!と進む道を決めたら、真っ直ぐに進んでいき、揺るがないところがあります。禅問答の様な回答だ。単純明確な性格で、周りからは少年のようだねと言われるところがあり、彼女も自覚しているという。物欲が無く、何かを創っていくこと、仕事が大好きだという菅尾さんはご主人と2人で暮らしている。本をお書きになって何か変わったことがありますかの問いに対しては、より人生観が深まったと言う。本を書き初めて自分の人生を客観的に考える様になったそうだ。今まで一番辛いと思った事は何ですか?の質問にはこんな答えが返ってきた。深く考える機会がなかったのですが、辛いと感じるこころの隙がなく、がむしゃらに進んできたのかなと思います。人生で、それぞれに大変なときがあって、それぞれに何かしらの意味やメッセージがあったと思っています。どこまでも自然体な生き方である。失礼ながら、女性の口からがむしゃらという言葉を聞いたのは彼女が初めてである。がむしゃらは、独立した男性が好んで使いたがる言葉だ。自然体だけで無く、ご自身が言う通りの頑固で真っすぐな女性である。

作家として彩陽(いろは)さんはまだ入り口に立ったばかり。

彼女の著書「食ものがたり」は、主人公のリコちゃんが色々な食べ物と出会いながら旅をする冒険ファンタジー小説である。これ以上はネタバレになるので敢えて記述を控えたい。興味を持たれた皆様は書店でお買い求め頂きたい。失礼を承知で申し上げれば、作家としての彩陽(いろは)さんの能力は未知数である。茶化しているのでは無い。これについては本の執筆と人生経験を積み重ねて、数年の時を経ないと判断する事ができないからだ。世界には多くの作家が存在する。その道で暮らす人によれば、作家にとって最も大切な事は、社会に対して伝える必要や価値のある情報を持っているかどうかだと言う。僭越ながら、長年企画の仕事に携わってきた自分が一言だけ付け加えるならば、物を書く人は自分独自の視点や論点を表現する能力も不可欠だ。作家を目指す人は星の数ほどいるが、それで食べていくことができる人はほんの一握り。彼女はまだ入り口に立ったばかりだ。

 

異質な世界をファンタジーという調理方法で繋ぎ試みたユニークな着想。

「食ものがたり」の読みどころは、食べ物にまつわる話と冒険。異なる二つの世界をファンタジーという調理方法で繋ぎ試みた着想のユニークさにあると言える。「食ものがたり」には様々な料理が登場する。塩むすび、オムレツ、豚汁など、バラエティ豊かだ。本書はそれぞれの料理を頭に思い浮かべながら読むと良いだろう。彩陽(いろは)さんの世界観をより深く味わうことができる。食に関する様々な仕事に携わってきた菅尾さん。食を学び、食材に精通した彼女ならではのフードファンタジー作品である。本のカットイラストを担当したのはフリーランスのグラフィックデザイナー、大島奈菜子である。大島は菅尾さんに対して妹のように感じていると言う。そして菅尾さんの実行力と共に、礼儀正しく誠実な姿に敬意を抱いている。そんな菅尾さんが辿ってきた人生の道のりは、一度こうと決めたら脇目も振らずに突き進むという彼女の自己分析通りの力強さを感じる。ロンドン留学の際には、事前に宿の手配をせず、航空券だけ手にして出発、現地で宿の手配をしたと言う。自らおっちょこちょいな性格で少年の様だと分析する彼女だが、その勇気と思い切りの良さが未来を切り開き、夢を実現してきたのだろう。夢を見る事は誰にでもできるが、夢は実現してこそ意味があるのだ。食ものがたりの執筆を機に食文化の素晴らしさに惹かれて作家になることを決心した菅尾さん。受け継がれてきた食文化を書に記していきたいと思った事が作家になるきっかけだったという。

食べる事の大切さと楽しさを伝えていきたい。

幸運に包まれた彼女の人生は、様々な困難も乗り越えてきた。闘病して激痛に耐えながら小説を書き、出版社も設立した。現在はその代表を務め、出版事業を運営している、作るのも食べるのも大好きいう彼女の得意料理は和食とちらし寿司だと言う。海外留学で異国の食文化を学んだ彼女が現在最も伝えたい事は、食べる事の大切さと楽しさを伝えていく事だと言いきる。そんな彼女の考えは自身で設立した出版社SUGAOのシンボルマークに見て取れる。おむすび(御結び)をシンボライズしたものだ。おむすびは携行性に優れ、日本を代表する食文化である。米と具材というシンプルな組み合わせで誰もが手軽に作ることができるものだ。余談ではあるが、おむすびは関東圏で定着した表現であり主な形は三角形である。一方関西や東海地方では握り飯が語源のおにぎりが一般的である。いずれにせよシンプルで奥が深い食べ物である。著者名の彩陽(いろは)についても伺った。菅尾さんの名前は陽子である。以下は彼女の回答である。名前から一文字「陽」を使いたいと思いました。そしていろどりの彩。色があるという平和なイメージと、控えめで、周りに合わせるという意味があるそうです。40歳を過ぎて以降、己よりも調和を大切に感じる様になったという菅尾さん。太陽のように、強いパワーをもつ陽と彩を組み合わせると、穏やかなバランスのよい名前になるようにと願いを込めたと言う。

母親に家を建ててあげたい。

質問の最後に今後の夢を尋ねると、母親に家を建ててあげたい。また、食のテーマパークを作りたいと意気込む。彼女はご主人やご家族、今まで多くの方に支えてもらったので、自分の思いを本に込めて、こころに寄り添えるような本を作りたいと語った。病気を乗り越え、夢を実現してきた彼女のことだ。前者についてはいつの日か実を結ぶ日が来るだろう、しかし後者は決して容易いことでは無い。大きな夢を実現させる為にも、まずはご自身の健康、そして日々の小さな幸せを感じるココロを大切にしていただきたい。今の菅尾さんがあるのはご自身が言う通り、多くの方の支えがあってのものだろう。無理せず、ゆっくりと前に進んで頂きたい。最後に、本企画をコーディネートしてくれた大島と記事制作にご協力を頂いた菅尾さんの双方からメッセージをくださったのでご覧いただきたい。大島のメッセージに呼応する様に菅尾さんも大島に対して敬意を抱いていることがよく分かる。正に姉妹の様な間柄だ。二人にはこれからも心の絆を大切に育んで欲しい。

 

   大島奈菜子さんのブログ「NANAIRO」
   https://note.com/nanairoenikki
  菅尾陽子さんのブログ「食ものがたり」
   https://ameblo.jp/shokumonogatari/

本記事の制作を始めて以降、
菅尾さんと度々メールを交わした。
彼女からのメールはいつも礼儀正しく、
菅尾さんの人柄が滲み出た
気遣いに溢れたものであった。
彼女の人生を辿って想うことは、
若い頃の自分を見ている様な気がした。
無邪気な少年の様でありながら、
内に秘めた情熱を大切にして欲しい。
彼女の人生に幸多からんことを。
☆Special Thanks Yoko & Nanako
July 3, 2020

記事制作の為にコーディネートしてくれた大島、
執筆にご協力を頂いた菅尾さんの二人にはこの曲を贈りたい。
☆You Got A Friend/Calol King(LIVE)
アメリカのシンガーソングライター、キャロル・キングが1971年に発表した楽曲で、翌年のグラミー賞では最優秀楽曲賞を受賞している。友情をテーマにした曲で、ピアノによるシンプルな演奏が心地良い。様々なアーティストにカヴァーされている曲である。
医療従事者に感謝を表す為に、航空自衛隊のブルーインパルスが飛行をした際、ニュース映像のBGMにこの曲が使用されていた。キャロル・キングのコンサートでも度々歌われている。
https://www.youtube.com/watch?v=-Njr5BwyUHA

落ち込んで苦しい状況にいるとき
温かな思いやりを必要としているとき
そして何もかもうまくいかないとき
そんなときは目を閉じて、私のことを思い出して
すぐにあなたのところへ行くわ
今までなかったような暗い夜でさえも明るくしてあげる

ロンドンに留学経験のある菅尾さんにはこの曲を贈ります。
☆With A Little Luck Paul McCartney & Wings(1993 Remaster)
1978年にリリースされたアルバム「LONDON TOWN」に収録された楽曲で
幸運をテーマにした曲である。(邦題はしあわせの予感)
レコーディングは、アビイロードスタジオとヴァージン諸島に浮かぶヨットで行われた。
シンセサイザーを駆使した、柔らかなメロディーが心地良い。
当時高校生の私も受験勉強の合間に聴いていたことを思い出す。
シングルカットされ、ビルボードとキャッシュボックスの両誌で1位を獲得した。
穏やかで優しい気持ちになれる曲である。
https://www.youtube.com/watch?v=s7sds_vDulo

少しの運があれば うまくやっていける
少しの運があれば 立ち向かえるんだ
間違いなくできることさ
力を合わせればできないことはない
なんだってやり遂げることができるんだ
柳の木は 荒れ狂った風雨には しなって耐えている
そんな風に 私達だって耐えられるはず
そう、私達だって。

2020年10月6日FRIENDS CATALOGUE