東京の香りがした ファーストフードチェーン 2021年12月29日
還暦を迎えたにも関わらず、未だにファーストフードが好きである。しかも無性にファーストフードが食べたくなる時が定期的に訪れる。昨日もそうだった。ケンタッキーフライドチキンがキャンペーンを行っていると知りクルマで買ってきた。チキンが5つ入っている1,000円のボックス。ファーストフードを購入する楽しみは色々あるが、車内に漂う良い香りが楽しめるのはフライドチキンであろう。そこで今日はファーストフードについて綴りたい。
中学生の頃だった。旧実家近くの駅前にミスタードーナツが開店したと聞き、父に頼んでクルマで連れて行ってもらった。時間は夜の8時頃。オープン初日という事もあり、殆どの商品が売り切れ状態。見た事もない白いワンピースのユニフォームを着たお姉さんが忙しく接客対応をしていた。残っていた商品は、オールドファッションとハニーディップのみだった。ま、仕方ないかと2種を購入して帰宅した。当時はファーストフード店が開店ラッシュの時代。ミスドの次に、マクドナルドがオープンした。これについては驚いた事もある。開店後のマクドナルドは連日大盛況。だが数ヶ月後に突如閉店。後に店舗を改装して別のハンバーガーショップ「スワロー」になっていた。あくまでも推測だが、フランチャイズの経営者がマクドナルド本部へ支払うロイヤリティが高額なため、独自経営に転換しようと画策した結果ではないだろうか。だがその数年後、スワローはいつのまにか閉店。のちに店は解体されパチンコ店になっていた。モノマネ経営は消費者にバレバレで不評だったのだ。
マクドナルドといえば思い出す事がある。東京のデザイン会社に勤務していた頃。会社は浜松町に所在していた。当時は会社に泊まり込みの時もあり、連日仕事漬けの日々だった。お昼ご飯の時間も節約したいとマクドナルドでダブルチーズバーガーを二個買って帰社。机上で食べていた日々だった。当時の光景を見た関係者が会社の上司にこう伝えたそうだ。「中川君は昼食の誘いを断り、毎日ハンバーガーを食べながら仕事に励んでいます。自分も若い頃苦労したので、彼の気持ちは痛いほどよく分かります」後にこの話を上司から聞いた時は、何でも見ている人がいるものだと感じた。だが、理由なく断ったのではない。当時の自分はデザイン力もそこそこのレベル。従って制作に時間がかかる。外食に出かけたい気持ちは山々なのだが、心の余裕がなかったのだ。今でもダブルチーズバーガーを食べると当時の心境を思い出す。
私は高校卒業後にグラフィックデザイナーを目指して上京。都内の安アパートで一人暮らしを経験した。当時の東京はファーストフード店の開店ラッシュ。ミスド、マクド、ケンタの三強に続けとばかり、多くのファーストフード店が存在していた。名古屋地区にはなかった「ファーストキッチン」「ロッテリア」森永製菓の「森永LOVE」明治乳業の「サンテ・オレ」スーパーマーケットのダイエーが経営する「ウエンディーズ」など。これでもかと言わんばかりに存在していた。だがいずれのチェーンも三強には刃が立たず撤退。現在も残っているのはファーストキッチンとロッテリアのみとなっている。
時代とともに生き続ける店があれば、戦いに敗れて消滅した店もある。人件費の高い東京で経営するチェーン店の苦労は計り知れない。私にとってのファーストフード店は、若い頃の苦労を思い出す存在であり、東京の象徴と言えるかもしれない。終わりにあたり私が好きなハンバーガーベスト3を記述させていただく。1位はバーガーキングの「ワッパーJr.」2位はモスバーガーの「モスチーズバーガー」3位がマクドナルドの「ダブルチーズバーガー」である。ハンバーガーはジャンクフードであるのだが、自分にとっては青春時代が続いているように感じる魔法の食べ物なのだ。
Post Views:
7
2021年12月29日
還暦を迎えたにも関わらず、未だにファーストフードが好きである。しかも無性にファーストフードが食べたくなる時が定期的に訪れる。昨日もそうだった。ケンタッキーフライドチキンがキャンペーンを行っていると知りクルマで買ってきた。チキンが5つ入っている1,000円のボックス。ファーストフードを購入する楽しみは色々あるが、車内に漂う良い香りが楽しめるのはフライドチキンであろう。そこで今日はファーストフードについて綴りたい。
中学生の頃だった。旧実家近くの駅前にミスタードーナツが開店したと聞き、父に頼んでクルマで連れて行ってもらった。時間は夜の8時頃。オープン初日という事もあり、殆どの商品が売り切れ状態。見た事もない白いワンピースのユニフォームを着たお姉さんが忙しく接客対応をしていた。残っていた商品は、オールドファッションとハニーディップのみだった。ま、仕方ないかと2種を購入して帰宅した。当時はファーストフード店が開店ラッシュの時代。ミスドの次に、マクドナルドがオープンした。これについては驚いた事もある。開店後のマクドナルドは連日大盛況。だが数ヶ月後に突如閉店。後に店舗を改装して別のハンバーガーショップ「スワロー」になっていた。あくまでも推測だが、フランチャイズの経営者がマクドナルド本部へ支払うロイヤリティが高額なため、独自経営に転換しようと画策した結果ではないだろうか。だがその数年後、スワローはいつのまにか閉店。のちに店は解体されパチンコ店になっていた。モノマネ経営は消費者にバレバレで不評だったのだ。
マクドナルドといえば思い出す事がある。東京のデザイン会社に勤務していた頃。会社は浜松町に所在していた。当時は会社に泊まり込みの時もあり、連日仕事漬けの日々だった。お昼ご飯の時間も節約したいとマクドナルドでダブルチーズバーガーを二個買って帰社。机上で食べていた日々だった。当時の光景を見た関係者が会社の上司にこう伝えたそうだ。「中川君は昼食の誘いを断り、毎日ハンバーガーを食べながら仕事に励んでいます。自分も若い頃苦労したので、彼の気持ちは痛いほどよく分かります」後にこの話を上司から聞いた時は、何でも見ている人がいるものだと感じた。だが、理由なく断ったのではない。当時の自分はデザイン力もそこそこのレベル。従って制作に時間がかかる。外食に出かけたい気持ちは山々なのだが、心の余裕がなかったのだ。今でもダブルチーズバーガーを食べると当時の心境を思い出す。
私は高校卒業後にグラフィックデザイナーを目指して上京。都内の安アパートで一人暮らしを経験した。当時の東京はファーストフード店の開店ラッシュ。ミスド、マクド、ケンタの三強に続けとばかり、多くのファーストフード店が存在していた。名古屋地区にはなかった「ファーストキッチン」「ロッテリア」森永製菓の「森永LOVE」明治乳業の「サンテ・オレ」スーパーマーケットのダイエーが経営する「ウエンディーズ」など。これでもかと言わんばかりに存在していた。だがいずれのチェーンも三強には刃が立たず撤退。現在も残っているのはファーストキッチンとロッテリアのみとなっている。
時代とともに生き続ける店があれば、戦いに敗れて消滅した店もある。人件費の高い東京で経営するチェーン店の苦労は計り知れない。私にとってのファーストフード店は、若い頃の苦労を思い出す存在であり、東京の象徴と言えるかもしれない。終わりにあたり私が好きなハンバーガーベスト3を記述させていただく。1位はバーガーキングの「ワッパーJr.」2位はモスバーガーの「モスチーズバーガー」3位がマクドナルドの「ダブルチーズバーガー」である。ハンバーガーはジャンクフードであるのだが、自分にとっては青春時代が続いているように感じる魔法の食べ物なのだ。