サインは買わない

2023年6月25日

自他共に認めるビートルズファンだが、グッズの類は殆ど所有していない。一つだけ大切にしている物はある。ヨーロッパのオンラインストアで購入したマジカルミステリーツアーのミニカーである。美しいパッケージデザインに一目惚れして購入したミニカーは英国のコーギー製。これだけでも十分な価値がある。だがそれ以外は持っていない。たとえいいなと思っても欲しいと思わない。物に執着すると心が貧しくなるからだ。他人と同じことをするのが嫌いなだけに、サインなども全く欲しいと思わない。彼らが残した楽曲に触れるだけで十分だと考える。今回はファン心理と著名人のサインについて綴りたい。

数年前に知り得た話題であるが、元ビートルズのリンゴ・スターはファンからサインを求められても断るという。その理由は近年問題になっているネットの高額転売である。世界的なミュージシャンや映画俳優のサインは、ネットオークションでは高値で売買されている。一人のファンのために記したサインが、高額転売される現実に嫌気がさしたのだろう。これもネット社会の功罪というべきか。そもそもサインなど、なぜ欲しいのかが理解に苦しむ。知り合いに見せびらかすためなのか。だがここで一つの素朴な疑問が生まれる。サインが本物かどうかは誰がどのように判定しているのだろう。これについては、極めて曖昧と言わざるを得ない。例えば世界的なミュージシャンの豪華本が出版されると即売会が開催される。本は一冊数万円の手作りである。そこでご本人が直接記したものなら間違いないだろう。だがサインほど、偽造が容易いものはないのだ。ある人から聞いた話では、タレントのサインは、マネージャーが代筆したものが多いという。

私が東京で生活していた頃、ある企業から商品カタログの制作依頼がきた。その企業は外資系。映画俳優のポール・ニューマンさんをイメージキャラクターに採用していた。打ち合わせに出向いて担当者の要望を聞く。企画の趣旨は商品の知名度を上げたいとのこと。ポール・ニューマンさんの画像とサインを利用してかっこいいデザインが欲しいというものだった。その後デザインが完成して入稿直前だった。打合せで当方に渡したというサインが見当たらないではないか。客先に電話をかけて事実を伝えた。「本当ですか!?」(ウソなんか言うわけないでしょ)担当者曰く「でもデザインチェックでサインは入っていましたよ」「あれは私が作ったダミーですよ」(この人は担当者失格だ)「あのサインは中川さんの創作ですか」「あんなものは誰でも作れますよ」「‥」現物が手元にない場合、ダミーを入れるのは業界ではよくあること。結局サインは所在不明。再度アメリカから取り寄せたらしい。そして印刷直前に到着して事なきを得た。ヒトの記憶がいかにいい加減かということ。そして書きグセを見抜けば、誰でもサインは作れるものだ。

上の画像をご覧いただきたい。コンサートツアーで来日したポールマッカートニーさんとリンダ夫人のサインである。サインの横には似顔絵のイラストが添えられている。名前だけではなく、イラストが添えられたサインは高額になるといわれる。また書きグセからいつ頃に描かれたサインかも判断できる。この時代に描かれたポールのサインの特徴として、tの横棒がないこと。そしてmに続くcが縦に二つ重ねて描かれているのが特徴である。最後にyのしっぽが右に向かって流れていること。(若い頃のサインは左下に流れていた)この三箇所をマスター出来れば、そっくりなサインを描くことができるのだ。

ビートルズに辿り着く以前。中学生の頃は父の影響を受けてベンチャーズが好きだった。ある時に松坂屋名古屋店でサイン会が開催されると知り出かけた。目の前でベンチャーズのメンバーがサインしてくれたのを昨日のことのように思い出す。サインを頂いてから数ヶ月は部屋に飾っていたのだが、その後紛失してしまった。物品は予期せず紛失することもあるが、思い出は決して消えない。

BEATLES,In My Life