あてどころに尋ねあたりません。

2023年12月10日

毎年この時期になると、親族限定年賀状のアイディアを出さなければならないと頭を悩ます。面倒くさいなぁと思いながらも考えるのは、グラフィックデザイナーを生業にしていたからだろうか。そして若い頃を振り返れば、懐かしい二人の人物を思い出す。今回はもう一度会いたい人について綴ろう。

私がもう一度会いたいと思う人は二人いる。一人目は二回り上の世代のSさん。独立以前に勤務したデザイン会社。私は東京に本社を置く名古屋オフィスのマネージメントディレクターを担っていた。顧客開拓を目指して地元のラジオ局へ電話してプレゼンテーションの機会を与えてくださいと訴えた。電話を受けてくださったのが次長のSさん。放送業界に知り合いはいないのでコネもない。だが逆にこれが良かったのかもしれない。攻めの一手で挑んだプレゼンは大成功。これはいけるぞと意気込んでいた。数日後にSさんからお越しくださいと連絡があった。応接室に通されてSさんの到着を待つ。「中川さん、今日から仕事を依頼しますので、全て引き受けてくださいね」その後二年間仕事を頂いた。毎朝客先へ出向いて原稿を頂き一時間ほど打合せして帰社。昼食後にデザインを制作していた。諸事情により原稿は度々変更されるため、その都度修正対応を要する。多忙な日々だったが、それはSさんも同様。一社に張り付いて対応したのはこの仕事だけ。それほど特別なお客様だった。疲労困憊で帰宅する日々。寝る以外何もしたくない状況。売上だけを気にして、私一人に全てを任せっきり。そんな会社に嫌気がさしていた。このままではダメだ。考えた末に退社を決意した。そうなれば、私が在籍していた会社が仕事を引き継ぐのが本来の姿。だがSさんはそのように判断しなかった。

私が退社する数日前のこと。社長がSさんに連絡を取り面会した。「中川は退社することになりました。後任は弊社と親交がある広告代理店に任せるつもりです。今後はそちらで請け負わせてください」これに対してSさんは、以下のように返答したという。「社長さん、私は中川さんが孤軍奮闘している姿を見て来ました。その間貴方は彼の苦労をご存知なのですか。私には到底そのようには思えません。また他社へ恩を売り、仕事をまわしてもらうという考えの貴社に対して、仕事の依頼はできません」要はキッパリ断ったという。社長がSさんと面会当時、私は名古屋オフィスで私物整理をしていた。一時間ほど経過した後に社長が帰って来た。「お帰りなさい」「‥」社長は黙して何も語らず。恐らくあてが外れたのだろうと推測した。私が日頃から思っていた全てを代弁してくれたSさん。その後私は退社して独立。最も信頼のおけるケロヨンをメンバーに加えて、Sさんの仕事を請け負ったのはいうまでもない。

二人目はデザイン専門学校の在学中にアルバイトをした企業に在籍していた女性社員のRさん。私よりも5歳ほど年上の記憶がある。彼女は黒髪のロングヘア。スリムな体型に細身のジーンズとスニーカーという出たち。他の女性社員とは一線を画すライフスタイルが際立っていた。女性らしさを主張しないファッションセンスと自然体の会話に惹かれた。その後社内で会う度に意気投合。不明点があると真っ先に彼女に尋ねた。即座に返答するキレの良さ。個性的で魅力あふれる女性だった。彼女から見た私の印象は生意気なやつといったところだろうか。面と向かって伝えたことはないが、いつしか彼女に惚れていたのだ。だが直接言わなくとも人の気持ちは伝わるもの。その後休日になると、食事をする間柄になっていた。当時の私は過去の恋愛觀とは大きく異なる感覚が生まれていた。それは相手を詮索しないこと。また適度な距離を保ちながら、価値観を共有する関係を目指していた。これについては高校時代にお付き合いしていた元カノと、卒業前に破局したことが大きく影響している。だがRさんとのお付きあいは数ヶ月で終了した。デザイン学校の卒業を機に、会う機会が激減したからだ。でも結果的にそれで良かったと思っている。彼女は自分よりもずっと大人だった。憧れのままでいることが彼女のためになると思っていたのも事実。今思えば、元カノを忘れさせる東京時代の初恋だったと言えよう。

人は縁あって巡り合うものと信じている。Sさんとは仕事が終了しても賀状のやり取りは続いていた。しかし2010年ごろから賀状が届かなくなり、私が差し出した賀状は戻って来るようになった。転居されたのかもしれないが、その理由は今も分からない。恐らく80歳以上になっておられるはず。お元気なことを祈るばかりだ。そしてRさんとはその後一度も会ってはいない。だが今も顔は覚えている。友人の写真は多数保存しているが、過去にお付き合いした女性の写真は一枚もないのが実状。断っておくが他意があるわけではない。あの頃は楽しい日々だったので、写真に残そうとは一度も思わなかったのだろう。裏表のないSさんの生き様。そして周りに迎合しないRさんの個性。二人とも生涯忘れられない方だ。叶うならば、いつの日かもう一度会いたい。

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