また来るからね

2024年6月2日

十七年前の今日亡くなった父に会うため、遺骨がある場所を訪れた。
父が亡くなった当日は、桜の花びらがハラハラ舞い散る午後だった。

父は胃がんで入院。精密検査の末に私が主治医から余命を知らされた。
余りにも突然の通告で気が動転。何も手につかない状態に陥った。
本人へ知らせるかを迷ったが、生きる気力が失せるのではと推察。
母には詳細を伝えたが、主治医の同意を得て、父には伏せることにした。

亡くなる数日前のこと。また来るからねと父に伝えた直後のことだった。
人前では涙を見せない父の目から、一筋の涙が頬を伝う。
「お父さん、なぜ泣いているの」真相を悟られないように母が声をかける。
二人の姿を目の当たりにして、私も涙を見せてはいけないと堪えた。

今思えば、父はまもなく訪れる死を覚悟していたのかも知れない。
私自身は平静を装ったものの、お父さん、泣きたいのは俺もだよの心境。
それから数日後、優しい日差しが差し込む中、父は静かに息を引き取った。

父が家族に残してくれたものはたくさんの愛と人を想うこころ。
母と二人の子供を養い、笑いに満ち溢れた家族の大黒柱として支え続けた。
気が短くて正義感が強すぎる。そして動物好きは家族全員の共通点。

猫が庭へ迷い込んだ時は、尻尾がちぎれて骨が剥き出しの様相。
父は私に助けるぞと目配せ。車に乗せて病院まで連れて行った。
どこの猫か分からないにも関わらず、手術費用を負担した。

仕事熱心で客先の信頼は絶大。成約に至らなくとも、荒れることがない性分。
商売は買わないから始まる。物を売る以前に信頼を得よが口癖だった。
晩年は飼い猫と散歩を楽しむ穏やかな日々だったが、
最期まで他人の役に立ちたいと願い続けた。

父がいない家族の十八年目が始まった。
名店のうなぎを頂いて、父の思い出を語りあう。
誰もが若くない現実に直面しているが、父が生きていたらこう言うだろう。
自分の役目を見つけて、人生を楽しめば良い。

父の生き様を讃えて、志しを受け継ぐことを誓う。
お父さん、また来るからね。

family story,In My Life